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東京地方裁判所 平成9年(ワ)4100号 判決 1997年9月30日

原告 中島修三

右訴訟代理人弁護士 北新居良雄

同 田中史郎

被告 明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役 波多健治郎

右訴訟代理人弁護士 上山一知

主文

一  被告は原告に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文と同旨

第二事案の概要

一  請求原因

1  原告は、弁護士であり、亡武田道子が平成八年七月一二日に行った秘密証書遺言により遺言執行者に選任され、同年八月一五日に同人が死亡したことにより遺言執行者に就任した者である。被告は、生命保険業を業とする会社である。

2  武田道子は、平成六年三月三一日、被告との間で次のとおり生命保険契約を締結し、同日、保険料全額を支払った(以下、この契約を「本件保険契約」という)。

(一) 死亡保険金額 二五〇〇万円

(二) 保険期間 契約日から終身

(三) 保険料 一七六四万一〇〇〇円

(四) 保険料支払方法 一時払い

(五) 保険金受取人 保険事故発生時の被保険者の法定相続人

3  武田道子は、平成八年七月一五日、秘密証書遺言により、本件保険契約の受取人を遺言執行者である原告に変更し、死亡保険金の分配を別に定める遺言執行合意書に従って原告に委ねるものとした。

4  武田道子は、前記のとおり平成八年八月一五日に死亡したので、原告は被告に対し、平成八年一二月一八日、本件保険契約の受取人が原告に変更されたことを通知したが、被告は本件保険契約の受取人は被保険者の法定相続人であると主張して、原告に対する支払を拒んでいる。

5  よって、原告は被告に対し、本件保険契約に基づく死亡保険金二五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年三月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1のうち、前段の事実は知らない、後段の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4のうち、武田道子が死亡したことは知らない。

5  保険金の受取人の変更の意思表示は、相手方のある意思表示であって、相手方に到達して初めて効果を生じる。このことは、大判昭和一五年一二月一三日民集一九巻二四号二三八一頁)において判示されており、最判昭和六二年一〇月二九日判例時報一二五四号四二頁もこれを当然の前提とした判示をしている。

遺言は相手方のない単独の意思表示であり、遺言者の死亡によって効果が生じるものである。したがって、遺言は、そもそも受取人変更の意思表示を行うにはなじまないものである。仮に遺言が効果を生じた後、保険者、旧受取人又は新受取人のいずれかが受取人変更の事実を知ったときに受取人変更の効果が生じるとしても、そのときには、すでに保険金は受取人の固有財産として確定していることになる。

判例によれば、遺言による保険金の処分は無効であるとされている(最判昭和四〇年二月二日民集一九巻一号一頁)。これは、保険金が保険契約の効力発生と同時に、第三者のためにする保険契約の効果として、受取人に指定された者の固有財産となることから導かれる結論である。そうすると、受取人の変更は、実質的には保険金の譲渡と同じであるから、遺言による保険金の処分は認められないことになる。

第三当裁判所の判断

一  保険金受取人の指定及び変更の効力

保険金受取人の指定及び変更の効力に関する当裁判所の見解は、次のとおりである。

保険金の受取人の指定は、保険契約者の一方的意思表示によってなされる単独行為である。この意思表示は、保険契約者の意思表示として確定的に成立した時点で直ちに効力を生じ、受取人として指定される相手方に対してなされることを要しない。保険契約者がする保険金受取人を変更する旨の意思表示も、同様に、保険契約者の意思表示として確定的に成立した時点で直ちに効力を生ずる。受取人の変更は、既になされた受取人の指定の取消しと新たな受取人の指定の二つの要素からなる意思表示であり、旧受取人の指定の取消しの意思表示は、保険契約者の意思表示として確定的に成立した時点で直ちに効力を生じ、旧受取人を相手方としてなされる必要はない。また、新たな受取人の指定の意思表示が受取人として指定される相手方に対してなされることを要しないことは前記のとおりである。

受取人の指定又は変更がなされたときは、保険者に通知される必要があるが、右通知は、保険者との間の対抗要件であり(商法六七七条一項)、受取人の指定又は変更は、その意思表示があった時点で効力を生じている。

一般に、保険金の受取人の変更は、保険者に通知されるが、右通知は、受取人変更の対抗要件を備えるためになされるものであり、受取人変更の意思表示が保険者に対する意思表示としてなされることを要するものではない。保険金の受取人を変更した場合、新旧いずれかの受取人又は両受取人に通知がなされることも少なくないが、これは、受取人の変更による効果の重要性にかんがみ、そのような措置が取られているにすぎず、これらの通知も、保険金受取人の変更の効力発生要件とはいえない。昭和六二年一〇月二九日の最高裁判決(民集四一巻七号一五二七頁)が、「保険契約者がする保険金受取人を変更する旨の意思表示は、保険契約者の一方的意思表示によってその効力を生ずるものであり、また、意思表示の相手方は必ずしも保険者であることを要せず、新旧保険金受取人のいずれに対してしてもよく、この場合には、保険者への通知を必要とせず、右意思表示によって直ちに保険金受取人変更の効力が生ずるものと解するのが相当である」と述べているのは、当該事案の処理上、相手方のない意思表示のことを論ずる必要がなかったためと解することができ、この判決が保険金受取人変更の意思表示が相手方のある意思表示であることを前提として判断を示しているものであるとまではいえない。

二  保険金受取人変更の意思表示は、相手方のある意思表示か。

保険金受取人変更の意思表示は、保険契約者の意思表示として確定的に成立した時点で直ちに効力を生じ、相手方に対してなされることを要しないものと解すべきである。

もっとも、保険金受取人変更の意思表示が保険契約者の意思表示として確定的に成立したものといえるためには、一般には、保険者に対してその旨の通知がなされ、又は新旧いずれかの受取人にその旨の意思表示が通知されるのが一般的といえる。保険契約者の日記にその旨が記載されたにすぎない場合や、手紙の下書きにその旨の記載がある場合のように、意思表示が確定的に成立しているとはいえず、単に受取人変更の意思がうかがい知れるというにすぎない場合には、受取人変更の意思表示があったものということはできない。意思表示といえるかどうか明白でないものについてまで意思表示といえるかどうかを探究しなければならないとした場合、保険金の受取人が誰であるかをめぐって深刻な争いが生じかねないのであり、意思表示が確定的に成立していることは、保険金受取人変更の意思表示といえるための必須の要件である。

これを逆にいえば、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示が確定的に成立したものといえる場合に限って受取人が変更されたものと認める場合には、その意思表示が相手方に対してなされることを要しないと解しても、保険金の受取をめぐって混乱が生ずることもないものといえる。したがって、保険契約者の保険金受取人変更の意思表示は、相手方に対してなされることを要しないものというべきである。

三  遺言による保険金受取人変更の可否

保険金受取人の変更の意思表示が遺言によってなされる場合、遺言の様式性にかんがみると、当該意思表示は、遺言により確定的に成立しているものというべきである。ところで、遺言は、遺言者の死亡を停止条件としてその効力を生ずるものであるため、遺言が効力が生じた時点では、保険契約上の死亡保険金請求権は変更前の受取人が受け取ることに確定したものといえるのではないかという問題がある。しかし、遺言は、保険契約者の死亡と同時に効力を生ずるのであり、遺言で定められた意思表示の内容は、死者の最終かつ確定的な意思表示として、それ以前の意思表示を変更する効力を有するのであり、このような遺言の性質を考えると、遺言により保険金の受取人の変更の意思表示がなされた場合には、死亡と同時にこの意思表示が死者の最終かつ確定的意思表示として効力を生じ、遺言のとおりに死亡保険金の受取人が変更されるものと認めるのが相当である。

四  本件死亡保険金の帰属

甲第一号証の一ないし四、第二ないし第八号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因事実を認めることができる。

右事実によれば、本件死亡保険金の受取人は、遺言により原告に変更され、原告から被告に対し、平成八年一二月一八日、本件保険契約の受取人が原告に変更されている旨の通知がなされたことが認められる。

したがって、原告から被告に対し、本件保険契約に基づく死亡保険金二五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年三月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由がある。よって、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 永井秀明 瀬戸さやか)

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